ブログのタイトルを変えました。 「十年の回り道」っていう奴です。 新しい道を生きていく上で、なんとか良いタイトルは… と、なんとなく考えていました。
思えば、弁護士になりたい、と初めて思ったのが、中学生のころ。 初めて行政書士の問題集を読んでみたのもその頃。 でも、親父が「そんなもん、大人になってからでもできるから、今は学校の勉強に集中せぇ!」と言われ、1ヶ月ほどで止めました。
それからは、「良い高校に行って、良い大学に入って、そして弁護士になれるか…」と実にクダラナいことを考えていました。 人伝に聞いた話を真に受けて「そんなら、25歳位で司法試験の勉強を始めればいいか…」なんて考えてました。
高校に入ってそんなことは頭から完全に消え、そしてすぐにアメリカの高校に編入しました。 アメリカの生活は面白くて、永住も考えました。
アメリカの大学を中退後、永住するつもりでメキシコに移住、放浪、挙句の果てにはホームレス。 ブラジルやアフリカに行くのも失敗し、空腹に耐えられず、親に頼っての一番ダサい形での帰国。
その後、大阪を放浪しながら、キャセイパシフィック航空の客室乗務員に合格し、3年間香港での放蕩生活。 酒と女の暮らしの一方、公私合わせて70ヶ国位は行きました。
その後、結婚。 「寿退職」です。 男にとっては単に「無職なのに結婚」しただけです。 工場の工員をやったり、夜間の掃除をやったり、と職を転々としました。
その後、自営業で英会話関係の仕事を始めました。 30歳のとき、教員免許が欲しくて、早稲田大学に行くことに。 関東に引越すも、職探しが上手くいかず、家族で路頭に迷いかけたときも度々ありました。 堅実な親兄弟から「父親として無責任だ!」と非難を浴びせ掛けられました。 なるほど、その通り。
他人のことは気にせず、競争にこだわらず、自分の勉強や目標に打ち込む早稲田生の雰囲気が好きでした。 早稲田生に司法試験合格者が多く、また起業家が多いのはそこにあると思います。 授業とか施設みたいなモンは大したことない。 早稲田の素晴らしさは「学生の気質」だけにある、と実感しました。 結局、大学は泣く泣く再度中退。 英会話関係の事業を再開し、仕事一本で何とかやり直しました。
事業をやってると、踏み倒す連中が出てきます。 意図的だったり、事故(破産や貧困)だったり、と理由は様々。 初めは泣き寝入りしたときもありますが、そのうち
「何とか取り立てんと、ウチがホンマに危ない!」
と思い、取立方法を模索してるときに出会ったのが「民法」。 それから、本腰入れて法律の勉強をすることにしました。
思い立ったのが35歳の時。 25歳から始めるはずだったことを考えれば、10年ほど回り道したことになります。 子供4人が既に産まれた後です。
回り道はしましたが、勉強を始めたのが、今で良かったと思ってます。 20代で始めたら、きっと他の選択肢に翻弄され、勉強に集中できなかったでしょう。 独身だったら、女の子に忙しかったでしょう。 どっか、公務員とか大企業みたいなガチガチんとこに就職してたら、法律を勉強する必要性を感じなかったでしょう。 キャセイパシフィック航空に入っていなかったら、年に数回は海外旅行に行ったり、海外での短期滞在なんてして、外国語の勉強の方に力を入れていたでしょう。 そして子供がいなかったら、大して「生きること」にヤル気も出なかったでしょう。
海外滞在経験、自営業、既婚、30代、子供4人… 僕にとっての「法律学習」のための完璧な条件が整ったわけです。
法律資格には「足切り」がある。 だから結局は競争です。 僕は競争は好きなほうではありません。 他人と競争したがる人間や、ライバル心を燃やす人間を見ると気持ち悪くなります。 そんな狭い世界で勝ったって、「井の中のクソ蛙」だ、と僕は思うからです。
僕の一番の敵は「怠け」。 他人のことは気にせずに、自分との「怠け」とだけ戦う。 だから、メルマガ発行も続けます。 温かく見守んなくてもエェけど、「世の中にはこんな奴もおるんやなぁぁぁ」程度に、寛大な気持ちで読んでくれれば幸いです。
思えば、弁護士になりたい、と初めて思ったのが、中学生のころ。 初めて行政書士の問題集を読んでみたのもその頃。 でも、親父が「そんなもん、大人になってからでもできるから、今は学校の勉強に集中せぇ!」と言われ、1ヶ月ほどで止めました。
それからは、「良い高校に行って、良い大学に入って、そして弁護士になれるか…」と実にクダラナいことを考えていました。 人伝に聞いた話を真に受けて「そんなら、25歳位で司法試験の勉強を始めればいいか…」なんて考えてました。
高校に入ってそんなことは頭から完全に消え、そしてすぐにアメリカの高校に編入しました。 アメリカの生活は面白くて、永住も考えました。
アメリカの大学を中退後、永住するつもりでメキシコに移住、放浪、挙句の果てにはホームレス。 ブラジルやアフリカに行くのも失敗し、空腹に耐えられず、親に頼っての一番ダサい形での帰国。
その後、大阪を放浪しながら、キャセイパシフィック航空の客室乗務員に合格し、3年間香港での放蕩生活。 酒と女の暮らしの一方、公私合わせて70ヶ国位は行きました。
その後、結婚。 「寿退職」です。 男にとっては単に「無職なのに結婚」しただけです。 工場の工員をやったり、夜間の掃除をやったり、と職を転々としました。
その後、自営業で英会話関係の仕事を始めました。 30歳のとき、教員免許が欲しくて、早稲田大学に行くことに。 関東に引越すも、職探しが上手くいかず、家族で路頭に迷いかけたときも度々ありました。 堅実な親兄弟から「父親として無責任だ!」と非難を浴びせ掛けられました。 なるほど、その通り。
他人のことは気にせず、競争にこだわらず、自分の勉強や目標に打ち込む早稲田生の雰囲気が好きでした。 早稲田生に司法試験合格者が多く、また起業家が多いのはそこにあると思います。 授業とか施設みたいなモンは大したことない。 早稲田の素晴らしさは「学生の気質」だけにある、と実感しました。 結局、大学は泣く泣く再度中退。 英会話関係の事業を再開し、仕事一本で何とかやり直しました。
事業をやってると、踏み倒す連中が出てきます。 意図的だったり、事故(破産や貧困)だったり、と理由は様々。 初めは泣き寝入りしたときもありますが、そのうち
「何とか取り立てんと、ウチがホンマに危ない!」
と思い、取立方法を模索してるときに出会ったのが「民法」。 それから、本腰入れて法律の勉強をすることにしました。
思い立ったのが35歳の時。 25歳から始めるはずだったことを考えれば、10年ほど回り道したことになります。 子供4人が既に産まれた後です。
回り道はしましたが、勉強を始めたのが、今で良かったと思ってます。 20代で始めたら、きっと他の選択肢に翻弄され、勉強に集中できなかったでしょう。 独身だったら、女の子に忙しかったでしょう。 どっか、公務員とか大企業みたいなガチガチんとこに就職してたら、法律を勉強する必要性を感じなかったでしょう。 キャセイパシフィック航空に入っていなかったら、年に数回は海外旅行に行ったり、海外での短期滞在なんてして、外国語の勉強の方に力を入れていたでしょう。 そして子供がいなかったら、大して「生きること」にヤル気も出なかったでしょう。
海外滞在経験、自営業、既婚、30代、子供4人… 僕にとっての「法律学習」のための完璧な条件が整ったわけです。
法律資格には「足切り」がある。 だから結局は競争です。 僕は競争は好きなほうではありません。 他人と競争したがる人間や、ライバル心を燃やす人間を見ると気持ち悪くなります。 そんな狭い世界で勝ったって、「井の中のクソ蛙」だ、と僕は思うからです。
僕の一番の敵は「怠け」。 他人のことは気にせずに、自分との「怠け」とだけ戦う。 だから、メルマガ発行も続けます。 温かく見守んなくてもエェけど、「世の中にはこんな奴もおるんやなぁぁぁ」程度に、寛大な気持ちで読んでくれれば幸いです。
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